冬が戻ってきたかのような寒さが続きました。体調管理が難しいですが、みなさん気を付けてくださいね。
補助輪をはずすこと
生徒の指導において大切なのは、少しずつ手を離していくことだと思っています。
生徒の学力や精神の成熟度に応じて、始めはある程度手取り足取りになることも多いです。しかし、生徒の学力が伸びて「ここは手を添える必要はないな」と感じたらその部分は生徒にまかせるということをしていきます。
例えば、始めは計算練習から行わないといけない子は計算問題を一緒に解いたりしますが、それができるようになってきたらその計算課題は自分で進めてもらい、指導は次の内容や、難しいレベルへと移っていきます。英語も文法の形の説明からスタートしますが、それがすぐに身に付くようになってきたら、その説明はさっさと切り上げて、だんだん品詞や構文の話へと講義の比重を変えていきます。新しい文法事項を習うからといって、いつまでも文の形にばかり時間をかけていても、一通り浅い知識が身に付くだけで、文法の本質には迫ることができません。ですから浅い階層は生徒本人に任せて、一段深いところに踏み込むことを手伝うという感じです。
ツーカーでありたい
講義においてもそうですが、勉強のやり方の指示なども、具体的なものからだんだん抽象的なものへと変わっていくように感じます。
始めは「勉強は何をどれくらいやるべきか」とかそのやり方とかを伝えていきますが、効果的な学習ができるようになった生徒には、「次はこういうことをやってみたら」というような提案をするようになっていきます。「なぜこの提案をされているのか」、「これをするとどうなるのか」をくみ取れるようになっている子にはこれだけで十分伝わります。
最終的には、私が何も言わなくても目配せだけで、
私「(ニヤリ)」
生徒「(コクリ)」
みたいになれるのが究極の理想ですが、まだまだそれには到達できてはいません。きちんと言葉を尽くして伝えることも大切だと思っています。