信じる心

その生徒は、進路面談の際に私からの提案を「嫌だ」と突っぱねた。

 

私が提案したのは、その子の偏差値からすると「妥当な」学校であり、むしろ持っていた通知表の成績からすると「少し背伸びした」学校ですらあった。私の指導力ならそのくらいはなんとかなる、と思っての提案だった。

 

その子は、

 

「自分はそんな学校に行くような人間じゃない」

 

と言った。

 

当時の私は、その子の言い分をただの自意識過剰な駄々のように感じていた。代わりに本人が挙げてきた志望校は、その子の成績では過去に誰も合格者は出ていなかったし、学校からもそう言われていた。受験まで残り8ヵ月、偏差値も通知表も全く届いていない状況で、どうやって受かるんだ、と。

 

そのくらいの時期だと、まだまだ「夢を見て」いる生徒も多い。私の反応は冷やかだったと思う。以前まで勤めていた塾では塾の名に傷を付けるわけにもいかないのでそんな受験を認めることはしなかった。「全員合格」がモットー。偏差値も通知表も届いている安全圏の受験を。保護者も交えて話し合った結果、併願戦略を練った上で本人の希望する学校を受験することになった。私はその子が受験に失敗し併願校へ通うことになる未来を何度もシミュレーションした。

 

結果、私の考えは全て間違いだったことになる。

 

その子はその後偏差値を更に7ポイントも上げ、通知表の大きなビハインドも覆し第一志望校に合格した。弊塾から出た逆転合格者の第1号だった。学校の先生も大変驚いていたそうだ。某中学校の過去卒業生データには、こうしたイレギュラーがいくつか存在しているはずである。

 

私はこの時の記憶を、ご両親の言葉と共に思い出す。ご両親はこの進路面談の際こうおっしゃった。

 

「本人の意思を尊重したい」

 

かなわねぇなぁ、と思う。